日本各地から集まった11人が
住み慣れた町を離れ
とある場所で 暮らし 働くために
海を渡ろうとしていた
そんなイントロダクションではじまるショートムービー「風のよりみち」は、島根県隠岐諸島にある中ノ島が舞台。もしかしたら中ノ島より、そこにある海士(あま)町という町名の方が有名かもしれない。本土からフェリーで3時間かかる島で、その距離もあり古くは承久(じょうきゅう)の乱で敗れた後鳥羽院が島流しとなった場所でもある。
日本は少子高齢化、人口減少が叫ばれているが、海士町は今から約20年前にその課題に直面し、官民一体となって取り組んできた。今では人口減少で悩む多くの地域が学ぶべき島となっている。そんな海士町が中心となり2020年から始めているのが中長期就業体験移住制度「大人の島留学」だ。隠岐島前地域(海士町、西ノ島町、地夫村)の事業所と島外の若者(20歳~29歳程度)の希望に沿った就業体験を行うことで、地域での実践(チャレンジ)を通して地域の力になること目指し、自らが主体的に学べる仕組みでこれまで約300名以上の若手社会人や大学生が参画してきた。
今回、「風のよりみち」の主人公である11人の若者は「大人の島留学」にある3カ月の滞在型インターンシップ制度「島体験」に申し込み、フェリーでやってきた。
「移住者も多い海士町に何があるのか?実際に初めて海士町へ向かう若者たちの姿を通じて知ってもらいたかった。彼らは自分たちにできることは何かと悩み、島へ向かう。私ももういい年ですが、いまだに生き方に悩むことがあります。そんなすべての人たちに見てもらいたいと思っています」
デロイト トーマツ コンサルティングは海士町と2023年10月から地域活性化への包括連携協定を結んだ。それに先駆け、2023年7月から約3カ月にわたって「大人の島留学」に参加した若者の変化を描いたドキュメンタリー作品をつくった。その狙いをDeloitte Digital クリエイティブディレクターである二澤平 治仁が話してくれた。
Deloitte Digital クリエイティブディレクターの二澤平 治仁も海士町に足を運び、その空気を体験。11人の若者たちに事前インタビューも行い、人物像をまとめ方向性を考えたという。
本作「風のよりみち」の監督はMV・広告・ドキュメンタリー作品を手がけ数多くの受賞歴を持つ藤代 雄一朗氏だ。二澤平は「忙しいとは思っていたのだけど、この作品は藤代さんに監督してもらいたい」と切望。藤代氏も「海士町は前町長の著書なども読んでいて、行きたいと願っていた場所」と快諾し、タッグが実現した。
監督の藤代 雄一朗氏は11人の若者を追うために多忙の中、何度も何度も海士町へ足を運んだ。
当初は誰か一人を追い続ける作品にしようと考えていた2人だったが、「大人の島留学」に参加する11名の事前インタビューを経て方針を変えた。「みんながみんな、個性を持っていた。多様な彼らの姿を全部追ってみよう」。
学生や元会社員ら若者たちはフェリーに乗り海士町へ。約3カ月間、この離島で過ごしていく。それぞれが自分で考え、町役場や観光案内所、レストランや福祉施設、学習センターなどで働く様子が描かれていく。映像の中で一人の女性が「最初は自分が何をすればいいかも分からなかった。できることもわからなかった」と語る通り、社会的分業に慣れていると地方の働き方は戸惑うことも多そうだ。人が少ない分、一人ひとりのやる事は多岐にわたる。しかし、デュアルキャリアや多職という昨今の考え方に近しいものでもある。20世紀は効率性重視で仕事の分業が進んだが、現在は創造性が求められる時代。仕事がなければ、仕事をつくるという発想へ向かっている。
フェリーから海士町に降り立つとこんな言葉が書かれたポスターが貼られている。海士町が2011年に「ないものはない宣言」をした際につくられたもので、これはダブルミーニングとなっている。つまりコンビニなどの「ものがない」という「ない」と、大事なものはすべて「ある」という肯定的な「ないものはない=全部ある」という両方の意味が込められているのだ。
「東京にいたころは何か焦っていた」
「ここに流れている時間で、内省の時間がとれている」
島で過ごす時間の経過と共に、彼らの言葉にも変化が起き始める。
今回のドキュメンタリーで現地のコーディネートを担当したロドリゲス 拓海氏は早稲田大学在学中に海士町の学習センターにインターンで関わり、「大人の島留学」で再来島、島に残ることを決断した一人だ。彼は今回の作品を通じて「還流=めぐり流れること」の考え方を伝えていきたいと話す。
「移住だけでなく、若い人がここへ来て、去って行く、でもそのことがいい面を島にもたらしていることを、島民も感じてくれています。このことをもっと多くの人たちにも知ってもらいたい」
2023年10月に開催した海士町とデロイト トーマツ コンサルティングとの包括連携協定締結式では、本ショートムービーの制作発表も行った(写真右がロドリゲス氏、左が二澤平)
作品の中でも若者の一人が「(地方で)移住者を求めているところはたくさんあるけれど、ある程度したら帰っちゃう学生を求めているところって、見つけるのは難しくて……それで海士町を見つけたときにここだなって思った」と話す。
人口減少に歯止めがかからない地方自治体はどうしても移住に重きを置いてしまいがちだ。それは間違ってはいない。ただ、観光(交流人口)の次のステージは地域にルーツや愛着がある人(関係人口)を増やすことだ。彼らがあって初めて「移住」(定住人口)という目指すステージにつながっていく。
島で居酒屋を営む店主は「自分の行きたいところに行って、活躍して、また羽を休めるためにこの島に来るような、そのほうが普通というか自然の流れ」とつぶやき、若者達の受け入れ先でもある福祉施設の女性は「彼らはいい風を島に送りこんでくれている」と微笑む。
島での暮らしから2カ月目にして、若者たちは悩みだす。彼らがどのような答えをだすのか、それはぜひ映像作品で見てほしい。
作品を見たロドリゲス 拓海氏は「自分たちだとどうしても海士町のいいところを見せようとしてしまうが、この作品はやってくる人たちや海士町の人たちをフラットに見つめている。自分たちでは表現できなかった世界」と喜ぶ。
二澤平と藤代氏は、「本土からフェリーで向かうところ、そして島での暮らし、そしてそれを終えた時の三つの時間の変化を映像で見せたかった」と話す。
プロジェクトのマネジメントを担当したDeloitte Digitalの桑野 敬伍は「島留学という形で定住しなくても若者たちがやってきて町がありつづける姿は新鮮でした。自分たちの町を変えていこうという人たちの指針になるのでは」と話す。「この映像を見てチャレンジをしている人たちを応援する立場になっていきたいと感じましたし、これを見てそう思ってくれる人が一人でも増えたらうれしい」。
前職ではネット系大手広告代理店で映像関係に携わってきた桑野 敬伍は、人と土地に時間をかけて向き合い作品を作り上げる二澤平や藤代氏の仕事ぶりに影響を受けたという。
藤代氏は「若い子たちは意図せずとも自分の行動を抑制してしまう時がある。これは大人でもあるでしょう。そんな人たちに見てもらって、背中をトンと押すというか、肩に手を置いてあげられる、そんな作品に仕上げたかった」と話す。
二澤平も「そういう意味で年齢は関係なく、幅広い人に見てもらいたい。自分自身も、じっくり島の人たちと語り、どんな企画が島にとってベストなのかを考えながら作り上げていった。映像制作のための企画ではなく、最適解のための企画をつくる。これは私たちのようなコンサルティングファームだからこそ実現できたと思う」。
全員が印象に残っているのは最後のシーン。フェリーに乗って本土へ帰る人と残る人。お互いが手を振り合いながら、徐々に離れていく。そこにクラムボン 原田郁子氏の歌が流れ出す。「手を振る」というフレーズが繰り返される印象的な同曲はこの作品のために書かれたものだという。
この手を振るという別れのしぐさは、いとしい人と別れるときに手(袖)を振ることで肉体は離れても相手の魂を引き寄せようとする日本独特の表現といわれている。日本最古の和歌集『万葉集』にも「袖振る」歌が多くうたわれている。いまこのとき離れても、心は引き寄せ合う。「風のよりみち」は島へと一歩踏み出した若者たちが、そんな心の交流を体験する物語なのかもしれない。